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2010/12/7
平松 洋子先生の”おもたせ暦”に掲載されました。
つい昨日のこと、四国からおじゃこのダンボールが到着した。待って待って、待ちかねた箱である。なかにはぎっしり、おじゃこ。それもとびきりの味の。
「浜田海産物店」のおじゃこは、高知の「ギャラリー・エムツウ」の中西さんから教えていただいた。もう三年も前になるだろうか。初めて食べたときの驚きといったら。ぎゅうっと噛みしめると、潮の味といっしょに深いうまみが弾けた。こんなにちいさなおじゃこなのに、なんと広く深いおいしさ。食べたことのない味わいだった。 そして、当の「浜田海産物店」の浜田さんがなんともいい味なのだ。注文したいと電話をかけたら、受話器の向うから耳に響く声は海の男のそれなのだった。「送るのはかまいませんが、漁の様子によります。たくさん穫れるのは三月下旬から四月いっぱいなのですが、それも自然相手のことなので約束はできないなあ。穫れしだいお送りします。ただ、天日できちんと乾燥してからですが。いいですか」 いくらでも待ちます。待たせていただきます。浜田さんの声には、そう言いたくなる説得力があった。 果たして送られてきた箱のなかには、おおきめ、ちいさめ、細やかに分別してあるところがまたすばらしい。袋のうえから触れただけですぐわかる。乾き過ぎておらず、あくまで一尾一尾しっとり、ふんわり。潮の塩梅まで舌のうえに伝わってきそうな手触りだ。 お浸し。オムレツ。じゃこの混ぜごはん。じゃこと青菜のスパゲッティ。じゃこ入り納豆。じゃこ入り炒飯。毎日飽きることがない。噛めばひとつの素材として、じわっと濃い味わいを主張する。そんじょそこらのおいしさではありません。 そんなおじゃこが袋分けになって届けば、誰かれとなくおすそわけしてあげたくなるのは当然でしょう? 本日の大当り、ラッキーパーソンは行きつけのカフェのトコちゃんだ。「これ、すっごくおいしいの。四国から届いたばかりなの。たくさん取り寄せたから、おすそわけ」 うわあうれしいっ。瞳がきらきら輝くその様子がうれしくてありがたい。持ってきてよかった。四国の海の味だよ。今年の春の味だよ。 青い波と千鳥の袋を握って小躍りするトコちゃんといっしょに波打ち際に肩を並べて、ざっぶーんと飛沫を浴びているこころもち。 おもたせ暦 2006年12月10日 第一刷発行 発行所 文化出版局 〒151-8524 東京都渋谷区代々木3の22の7 電話03-3299-2540(営業) 著者:平松 洋子(ひらまつ ようこ) フードジャーナリスト、エッセイスト。東京女子大学文理学部社会学科卒。アジアの懐の深さを食に見いだし、自然、人、生活文化を研究、フレッシュな感性で執筆活動を行う。著者に「おいしい暮らしのめっけもん」(文化出版局)ほか、「平松洋子の台所」(ブックマン社)など多数。2006年5月発行の「買えない味」(筑摩書房)で第16回「Bunkamuraドゥ マゴ文学賞」を受賞する。本書は受賞後初の書下ろしとなる。 |